店舗案内

みのり

創業昭和46年。地元に愛される焼肉居酒屋

宵の町を照らす赤ちょうちん。
自然豊かな伝統の町「信州須坂、蔵の町」に店をかまえて40年。
お客様が毎日立ち寄りたくなる店を目指し、皆様に満足していただけるよう常日頃より努力を重ねております。

当店オリジナルの味付け豚ホルモン料理「みのり焼き」をはじめとする各種焼肉、毎日変わる刺身や季節感を感じる山の幸も取り揃え、個々の素材とお客様の五感をくすぐる味作りに努めております。
お近くにお越しの際はお気軽にお立ち寄りください。

TEL026-245-7467
営業時間17:00~24:00(日曜休)
長野県須坂市大字須坂252-4

みのりの標準サービス

ご予約について

お席のご予約は電話にて承っております。
空席状況の確認やその他ご案内につきましても電話にてお受けいたします。(受付時間13時~24時)
宴会メンバーへの配布に便利なご来店案内はこちら

お席

カウンター10席

少人数も歓迎 一人焼肉をお楽しみ頂けます
カウンター10席

カウンター席は10席あります。マスターと会話をしながら一人焼肉を楽しみませんか?

桟敷席

宴会可 くつろぎたいお客様におすすめ
桟敷席3〜8名様

桟敷席は3名様から8名様までお座りいただけます。
少人数でゆっくりされたいときにお使いいただけます。
2テーブルをつなげますと15名ほどの宴会も行うことが出来ます。

奥座席

貸切OK 他のお客様を気にせずにお楽しみください
奥座席

奥座敷席もございます。
2~4名様用テーブルが3席。
8名様から貸切にてお使いいただけます。

私たちがおもてなし致します

創業昭和46年みのりの歴史

平成6年 みのり上空平成6年(区画整理前)赤線が現在の交差点です。

昭和46年。
長野県須坂市はこれまでの製糸業の町から精密機械の町へと変換の時期を迎えていた。
その中でも富士通須坂工場では数千人もの従業員が働き、朝の出勤、昼の昼食、夕方の帰宅時には蜂の巣を叩いたのごとくに人が出入りしていたのであった。

富士通須坂工場の目の前にあった「富士食堂」。
若き板前兄弟が切り盛りするこの店にも昼夕時には溢れんばかりの人々が来店いた。

この兄弟見かけは若いが、高校時代から須坂市の隣、長野市権堂町の名門「料亭松竹」にて十数年間四季の料理と和食の基本を習った後、あちこちの旅館やホテルの板前として修行を積んできたという経歴をもつ根っからの板前兄弟。
この兄弟はお互い妻子があったが、二家族狭い店内にて住み込みで働き、いつか大きくなることを夢を 見つつ、毎日「ふじ食堂」で我武者羅に働いていたのだった。

旧みのり昭和48年(長男入園記念写真 ) 旧みのり昭和48年(長男入園記念写真 )

時は経ち、富士通須坂工場に社員食堂ができると、工場では昼食時の社外への外出を禁止したためにその波紋は自然と富士食堂への来店客数にも響いた。
来客数の低下から店を切り盛りしてきた兄弟は、兄がそのまま食堂を、弟は新天地を目指すこととなり市内の本上町に空き店舗を借り、店を開店することになった。

10畳あまりの狭い店舗ではあったが、頑張るしかない。
弟は腹をくくり無我夢中で仕事に励んだ。

新しい店では、以前にその土地に焼肉店があったこともあり、そこに今まで行っていた食堂を組み合わせ焼肉食堂を営んだ。以前の店の名が「みの里<みのり>」だったことから屋号を「みのり」とした。

そうです!この時独立を果たした弟こそ現マスターである「小林一則」なのです。

みのり店舗地鎮祭昭和55年 みのり店舗地鎮祭昭和55年

当初、認知度も少なかったせいかお客は入らない。そこでマスターは考えた。「何か他では真似のできない味を作らなければならない・・・」と、そこで研究と苦労の末に完成した料理が「ホルモン焼き」。

このホルモン焼きの味の良さのおかげか、徐々に来客数が増え、経営は安定した。そして「ホルモン焼き」はみのりの看板メニューとなる。
狭い借り店舗ではあったが、「一国一城の主」を夢に見て日々邁進したのであった。

「みのりといえばホルモン焼き」が定番になりかけた昭和55年。遂に念願だった自分の店を立町にオープンすることになる。
それまで昼、夜していた営業時間も夜のみとした。

みのり建設中の写真 みのり建設中の写真

時は平成となり、地元有名雑誌への掲載を期に看板メニュー「ホルモン焼き」を屋号を付けた「みのり焼き」と変更した。
そして更に地元の方々より愛される人気メニューとなった。

みのり昭和55年頃 みのり昭和55年頃